「うー、さむ。」
私は今この寒い夜中、外に居る。時計の針はきっともう1時をまわっているだろう。
なぜ、こんな時間にかよわい女が外にいるのか。それは我が姉の一言から始まる。
「あーちょっとー。タバコ買ってきなさいよ。」
「は、?」
五円玉から
恋
始まる
タバコって何だタバコって。私の姉は今年で16歳。まだタバコを吸ってもいい年ではないはず。なら、どうして。
「明日のオバケ屋敷に使うんだよね。」
「いやいや、意味分からん。」
「ああもうアンタあったま悪いわねぇ!文化祭よ文化祭!」
「えぇぇ?文化祭ぃ?つかオバケ屋敷にタバコぉ?」
「線香代わり。お墓の。」
「普通に線香使ったらどうなんですかおねーさん!」
「なんつーの、ユーモアが足りないってゆーか?」
「ていうか誰もお墓のお線香なんて見ないしね!」
「良いから買ってこい。」
「ったく…なんでこんな時間に。やだよ。」
「買ってきたら3000円だぞ〜」
「おっしゃいってきます!」
…そして今に至る。(もしかして私つられたんじゃ。)(ええい!お金の為ならなんだって!)
こんな事なら早く寝とけば良かったのかもしれない。こんな日にかぎって姉ちゃんの部屋でゲームやってただなんて。
「なんてバッドラック。」
はぼそぼそつぶやきながら、タバコが売っている自販機へと急いだ。道の両端に灯りがあるとはいえ、
やっぱり夜中。コウモリでも出るんじゃないかと思うぐらい暗い。(出たらまじ泣くよ私!)そしても一応女。
もし、不良にでも絡まれたりしたら…(はっ、私みたいなのに絡んでくる不良なんていないよね。)(それはそれで悲しいような…)
「あぁ、やっとあった…!」
色々道に迷いながらも、は無事自販機へと辿り着いた。(だってタバコなんて買った事ないし。)“20歳未満の方はご遠慮下さい”
という文が見えたが、そんなの気にしてられない。(だって3000円がかかってるもんね!)…もちろん途中で
不良とか見ちゃった事も気にしない。(3000円3000円!!)
はコイン入れ口にお金を入れようと、姉からもらってきたコインをポケットから出す。
そのコインをくぼみに押し込み、ボタンを押して、目的のタバコが落ちてきた。
「おーやっと買えた!これで3000円は我が手に…!」
「ねぇ〜そこのお嬢ちゃん、こんな夜遅くに何やってんの??」
「へ、」
どうやら神様はよっぽど3000円を私のものにしたくないらしい。(そりゃそうだ。)(だってすぐ使っちゃうし。)
今、私の目の前には、先ほど見てしまった不良の方々がいる。…ああ我が姉よ、あなたの妹は今日、あなたの実にくだらない
ユーモアとやらの所為で死ぬかもしれません。
「タバコなんか買っちゃいけねーよな〜。」
「…っ(お前らもだろ!)」
「サツには黙っといてやるから有り金全部よこしなァ!!」
「(ひぃっ!)命だけはお見逃しをぉぉぉ!(だだだだだっ)」
「あっ!」
片手には姉のユーモアとやらの為に買ったタバコを、もう片方の手にはおつりの五円玉を握りながら、
は将来陸上選手にでもなれるんじゃないかという速さで走った。(なれたら怖いけどね。)
「…っ!(ずべっ!)」
しかし、辺りも暗く、慌てていたは、豪快な音を立てて転んでしまった。(なんだ今のマヌケな音は…!)
「お、ラッキー♪」
「…(ああ終わった…!)」
「さあ、有り金全部わたしなァ!」
「っひぃ!(五円玉しかないんだけどそれでも良いかな!?)」
はポケットの中に手を突っ込み、おつりの五円玉を出そうとした。
はたして五円で許してもらえるだろうか。
「…!?(あらら、え、か、からっぽおお!?)」
「オラァ!さっさと出せやァ!」
「ひっ!」
は半泣き状態で地面に座り込みながら探す。(そういえば私、五円玉ポケットに入れてたっけ!?)
(や、確か片手に持ってたような…!)
「…っあ!」
「うおっ!なんだよ!?」
「…っ(落としちゃったんだ…!)」
「う〜ん?どうしたのかなァ〜お嬢ちゃん?」
「いや、あの、えぇっと…!」
「金が無いならその命よこせやァァア!」
「っひぃ!お兄さん方ちょっと待っ…!」
は恐ろしくて目をつむり、これから来るであろう衝撃に身を強張らせた。
(姉ちゃんめ…!一生恨んでやる!)しかし、いくら待っても来ない。来てほしいわけではないので、
むしろ嬉しいが、いったい何が起こったんだろうか。
はそーっと目を開けようとした。
ぴと
「ひぃっ!」
「こんな時間に何やってるの。」
頬に何か硬い物が誰かの指によって押さえつけられている。その腕を視線でたどり、
顔を上げてく。なんと、そこには、
「ひっ…雲雀恐弥…っ!」
「違う。雲雀恭弥。」
「っ!(しまった…!)」
町の見回りだろうか。何故この男が目の前にいるのだろう。友人が、ヤバイ奴だから
会ったらまず土下座してそれから逃げろ、と言っていたが、実際この男がどれくらいヤバイのかは知らない。
(なんだっけ、群れている人がいたら仕込み拳銃で撃ち殺すんだっけ。)(うわ怖っ!警察は何をやってるんだ!)
なぜならは、“群れる”という行為に興味が無いから。お昼は友人と食べるが、休み時間に大人数で騒ぐ、という行動は
全然とらない。ぼけーっとしているか、あるいは友人と2人で話すか。は周りから人気も高いし、好かれてこそいるが、
本人“群れる”という行動があまり好きではないのだ。(そういえばこの人私のほっぺたに何くっつけてんの。)
(あ、もしかして五円玉だったりして!)(っえ?五円玉…?)
「だああああああぁあっ!五円玉っ!ふ、不良の方々は!?」
急に顔を青くしてが叫んだ。(何だこの子、急に止まったと思ったら急に動いた。)(それにしても声、大きいな。)
「ひ、雲雀くんっ!不良のお兄さん方、どうなったか知ってる!?」
「ああ、それならそこにいるよ。」
「(うそん!)どれどれ…っ!?」
雲雀が指を指した方向を見たとたん、の動きが再び停止した。そんなを見た雲雀は、口の端を持ち上げながら口を開く。
「生きてるか分からないけどね。」
「…っ!(んまじっすか!?)」
の視線の先には、よくホラー映画などで出てくる死体の山、まさにそれがある。(死体っていうか、…どうなんだろう。)
その時、雲雀の指がの頬から離れ、目の前に持ってこられる。そこにはやはり、が落としたであろう五円玉があった。
「わ、私の五円玉…!」
「大分離れた所に落ちてたけど。」
「(どんだけふっとんだんだ!)」
とりあえず心の中でツッコミを居れ、雲雀の手の中にある五円玉を取ろうとした。ところがその瞬間、
雲雀の手がの視界から消えた。(へ、あれ、五円玉どこいった!?)は少し驚きながら、顔を上げた。そこには
少し不機嫌そうな雲雀の姿があり、その片手には先ほどが取ろうとした五円玉の姿があった。
「…?」
「どうしたの。」
「…雲雀くん、か、かえして、?」
「それ、何だい?」
「へ、それってな…っ!」
話、かみ合ってないよね!とか思いながらも、雲雀の指の先に目をやる。そこには、私の右手と、
「(げ…!)」
「どうして君が、タバコなんか買ってるの。」
「それは、ですね…!(ああもう!姉ちゃんのばかちん!)」
「言ってみなよ。」
「…っ」
重すぎる殺気に、は息をのむ。
(せっかく、普段群れていない草食動物が見つかったというのに。)雲雀はどこか寂しそうな表情をした。
「君が風紀を乱すような奴だったとはね。」
「え、ちょ、待って下さい、これ実は
「言いわけしようとするなんてますます気に入らない。…咬み殺してしまおう。」
「(咬み殺すぅ!?撃ち殺すじゃなくてぇ!?)」
の言葉をまったく耳に入れようとしない雲雀は、ご愛用の拳銃…ではなくトンファーを握った。
(あれ、トンファー!?拳銃じゃなくて!?)
「…じゃあね。」
そう言って、雲雀はトンファーをの真上にもっていき、振りおろ「ちょちょちょちょ待って下さいってば!」…そうと
したが、不意にの叫び声が聞こえたので動きを止めた。
「何、まだ何かあるの。」
「まだって…!私まだ何も言ってませんよね!?」
「いちいち叫ばないでくれる、分かっているだろうけど今は夜中なんだ。
…これ以上風紀を乱すな。(ちゃき)」
「(もう風紀がどうこうとかいう問題じゃないよね!)分かりました、分かったから!その凶器しまってください!」
「…(ごそごそ)、で、何。」
「…お墓のお線香なんですよ実は。」
「意味が分からない。」
「(だぁもう!)あ、姉の文化祭で使
「へえ、文化祭でタバコ屋かい?良い具合にふざけてるね。咬み殺す。」
「いいいいいやいやいや!人の話を最後まで聞いて下さいよ!」
「ワオ!この後に及んで僕に説教するなんてね。…殺してしまおう。」
「待て待て待て人の命はそんな簡単に奪っていいような物じゃあないぞ雲雀くん!」
「僕には関係ない。」
「(ダメだこいつー!)」
「…遺言はそれだけかい、それじゃあ
「姉の学年の文化祭のオバケ屋敷のお墓のお線香がわりにタバコつかうらしいんです!」
「…は?」
雲雀が再び武器を手にしようとしたので、は慌てて息継ぎなしの弁解をした。(ぜぇぜぇ)(息継ぎなんかしたら
また何言われるか分かんないもんね!)(…あー苦しい…。)
「…どうしてそれを早く言わないの。」
「ええぇ!?(何度も言おうとしたんですけど!)」
「まったく、おかげで随分無駄な力を使ったよ。」
「(自業自得だろ…)あ、の、雲雀、くんっ!」
「何、まだ何かあるの。」
「ご、五円玉、かえして。」
「…ああ、そうだったね。」
少し間をおいて、雲雀は学ランのポケットから五円玉を取り出し、に差し出した。
(良かった、君が今の歳でタバコなんか吸う人じゃなくて。)(君には絶対、群れてなんかほしくないし、風紀を乱してもほしくない。)
(…なぜ、だろう。)色々な想いが頭を廻る中、雲雀はそれを振り切るように口を開いた。
「そろそろ帰ったほうが良いんじゃない。」
「…あ、そ、そうだね!じゃあ、ばいばい。」
「(がしっ)…送ってくよ。」
「(うおっ!?)え、え?いいよそんな!」
「行こうか。」
「…へ、う、うん。(どうしたんだ!?)」
「たーだいまーあ!」
「おっかえりー。随分と遅かったじゃない。」
「…(誰のせいだ誰の!)はい、タバコ。」
「おっ!助かるー!…あ、おつり。五円返ってくるはずでしょう。」
「え、えぇ!?や、ちょ、」
「どうしたのあんた、三千円あげるから五円よこしなさい。」
「待って、えーと、この五円玉はちょっと…!」
「…もういい、気が変わっちゃった〜。早く寝な。おやすみー。」
「は、はあぁ!?な、ちょ、何言ってんのおお!?」
「ほら、良い子はもう寝る時間でしょう。」
「もう午前三時だしね!良い子の寝る時間なんてとっくに過ぎてるしね!」
「細かい事気にしてると大人になれないわよー。」
「細かくないよねえ!?三千円って結構大金だよちょっとォ!」
「はいはい、おやすみ〜。」
「んなっ!ちょ…!(そんなあ〜…私は一体何の為に…!)」
どうして私は三千円よりこの五円玉を選んだんだろうか。それはきっと、
(ああ、私きっと、)(そうだ、僕はきっと、)
好
きなんだ。
長い…! 空 (2007.10.27)