ザアアァアアァア―......
先ほどまで嫌というほど青かった大空が、
今ではどす黒く塗りつぶされている。
空が黒いと、色々と狭く感じてしまうものだ。
「…」
どしゃぶりの中、少女がひとり、並中の玄関の内側で立っていた。
じぃ、と空を睨みつけながら。
「…ああもう、なんで降ってきちゃうかなあ…!」
umbrella...
本当に運が悪い。
テストで赤点取って居残り勉強させられたうえに
急に雨が降ってくるだなんて。
「…しょーがないか!」
はいっきにかけだした。
それとほぼ同時に、その少女の様子をずっと見ていたであろう者の影が、
応接室の窓の向こうで動いた。
カバンを頭の上に持っていき、雨がなるべく当たらないようにする。
しかしこれほどのどしゃぶりだ。洗濯したばかりの制服が、
みるみる雨で濡れていく。…ああ、お母さんに怒られる。
「あ、あ、コンビニ!」
50mくらい先にコンビニを見つけたは、
足を更に速めてコンビニへと急いだ。
「いらっしゃいませー。」
コンビニに入ったとたん、視界が明るくなる。
は急いで傘を探した。
彼女の家まではまだ大分ある。傘がないと、家に帰れない。
「あ、あった。…えぇえっ、865円!?何これ高ぇな!」
しかし、他に傘は見当たらない。
はふぅ、と溜息をもらし、その傘をレジへと持っていった。
「(ピッ)税込みで908円になります。」
「…(ああ、サイフが軽くなった…。)」
しょうがない、傘がないと明日風邪ひいちゃう。
しかし865円に消費税も合わせて908円だなんて。
「いくらなんでも高いよなあ…。」
そうぼやきながら、は買ったばかりの傘をさしてコンビニを出た。
「にゃあ〜」
「!」
コンビニを出て約10分。は順調に家へと向かっているはずだった。
ダンボール箱の中にいる、ずぶぬれの猫を見るまでは。
「にゃ、にゃ〜」
「…っ、か、」
は体を猫の方に向けて、足をゆっくりと進める。
そして片方の手をダンボール箱の中の猫へ向けて伸ばした。
「かわいいいいぃぃ〜!」
「みゃあ〜」
そう、は大の猫好き。
「お前、行く場所ないの?…ったく、こんなとこに捨てやがって。」
「…みゃ?」
「ウチにくるかあ!…って、駄目か…。」
一瞬、の顔が明るくなって、また曇った。
ウチの親は猫などの小動物が大嫌いだ。
前にふざけて友達からあずかったハムスターをもって帰り、
わざと居間に置いていたら、母親が驚いて窓から逃げて行ったぐらいだから。
(その後バレて、夜ご飯を作ってもらえなかった。)(餓死させる気かよ!)
しかし、彼女は大の猫好き。
ずぶぬれになっている子猫を見捨てる事など出来るはずもない。
は猫をダンボール箱の中へ戻し、傘を持っている方の手をダンボール箱の上へと持っていった。
「傘、あげるよ。」
は手を離した。
「にゃ?」
「それ、信じらんないくらい高かったんだからね!」
「んみゃ〜!」
猫は嬉しいのか、ダンボール箱の中をぐるぐる回りだした。
「大事に使ってね、ばいばい!」
ずぶぬれになってしまった少女は、笑顔で走り出した。そして角を曲がろうとした時、
不意に前に人が現れた。(だ、誰!?)
「君、馬鹿?」
「え、」
黒い学ランに、腕に”風紀”の二文字。そしてややつりあがった目。知っている、この人は、
「雲雀、恭弥…くん。あ、いや、さん?」
地元最強、並中風紀委員長雲雀恭弥。どうしてこんな所に居るのだろう。
ここは、並中から大分離れているはずだ。しかも傘さしちゃって、ああ羨ましい…。じゃなくて!
「ど、どうしてこんな所にいるんですか、雲雀さ…いや、くん?」
「どっちでも良いよそんなの。それよりどうして、君は傘をさしてないの。」
「あー…持ってくるの、忘れてしまいまして…。」
「ふぅん、じゃああそこの傘は何。」
「へ、」
雲雀の指の先には、先ほどまでが居た場所。傘をかぶった、猫がいるであろう
ダンボール箱。
「え、っと、誰のかな、猫さんのじゃないでしょうか。」
「咬み殺されたいの。」
「すんません私のです!」
雲雀がどこかから愛用のトンファーを出すのをみたは、
慌てて弁解した。
「ワオ、つまり君は、その少ない金でせっかく買った傘を、
このどしゃぶりの中猫にあげてしまったというわけだね。」
「いやあ〜今日は随分喋るんですねえ、雲雀さ、いやくん!
あれ、つかなんで買ったって知っ
「うるさいよ、入れば。」
が言い終わらないうちに、雲雀の手が黒い傘と一緒にすっと伸びてきた。
「へ、うん?な、何がですか?」
「僕に二度同じ事を言わせる気かい。」
「え、えぇ?あ、ちょ、雲雀く、いやさん?ああもう!ぬれてますって!」
「君がおとなしく入れば僕はぬれない。」
「や、どっちにしろぬれません?私こんなにびちゃび
「へえ、僕をこのままぬらすつもりかい?良い度胸だね、咬み殺す。」
「へ、す、ススススストップ!!分かりました、ぜひぜひ入らせてもらいます!ありがとう!」
は雲雀の持つ傘の下に入る。少年が歩き出し、少女も少し慌てて歩き出した。二人が足を進めるたび、
雲雀の持つ黒い傘がゆれる。というか、これってあれなんじゃないの、…あいあいがさ。
長い沈黙の後、雲雀が口を開いた。
「君、名前は。」
「へ、し、知らなかったんですか…!」
「当たり前だろ、そこら中に居る草食動物の名前なんか、いちいち覚えてるわけがない。」
「(草食ど…!?)は、はあ…」
「…質問の答えになってないんだけど。」
「は、」
「名前は。」
「ああ!え、あ、…!」
「ふぅん。」
ああもうこの雨、一生止まなくても良いや。
少女はそう思った。
何この雲雀さん。 空 (2007.10.24)